私がなぜ、わかりにくい咬合(噛み合せ)のお話しを、わざわざしているのか、その理由がおわかりになるでしょうか?……
 
 まず第一に、患者さんが無頓着であるという、理由が挙げられます。これまでも、日本における歯科治療事情については、幾たびか言及してきましたが、多くの患者さんは、痛くなければ、困ってなければ、或いはちゃんと治療してくれるかどうかわからないからと、歯の治療に消極的です。噛み合せ(咬合)についても、違和感がなければ、物が噛めればOKという方がほとんどです。

 それはある意味で、当たり前の事かもしれません。一般的に歯を入れる際、患者さんに咬合の説明などしないだろうし、そこのところは歯科医師にお任せなんだろうと思います。しかしながら、私は患者さんに、少しでも噛み合せの重要性を認識していただくことが、歯および口腔領域の健康意識の向上に、つながるのではないかと信じています。

 第二に、医療従事者側の問題です。先に紹介した、技工士の話ですが、彼が勤務して最初に作ったクラウンは、積み木を積み重ねたような、対合歯(噛み合う相手の歯)と面接触する代物でした。彼はすでに10年近い経験があり、飛び切りの仕事の速さで重宝がられていたということでした。

 歯を形作るには、いくつかの原則があり、その中の一つに、できるだけ点で接触させるということがあります。歯の外表面の形には、一切の平面はなく、すべて球面、曲面の集まりから成っていると言われています。点接触には、効率よく少ない咬合力で、強い咀嚼圧を生み出し、口腔領域全般の組織への負担を軽減して、健康に寄与するという素晴らしい貢献があるのです。
 
 このような、決して外してはいけない、守るべき基本原則が、いつの間にかどこかへすっ飛んでいってしまうことの存在が、空恐ろしいことだと思いませんか?(大)