これまでの総義歯治療の解説において、咬み合わせに関しては主に顎の位置(顎位、あるいは下顎位。)について述べました。そしてそれは総義歯の吸着と安定に大きく関与すると解説しました。

 その際に念頭に置いている顎の動きは(実は動くのは下顎ですが…)開閉運動であり、左右の顎関節では関節頭(下顎頭)が関節窩内で純粋な回転(終末蝶番運動*)をしています。

 ところがヒトの顎は、本が開いてパタンと閉じたり、扉が開閉したりするような、単純な開閉運動だけでなく、左右前方やその中間にも動く、偏心**運動も合せてすることができるのです。

 治療を進めるうえで治療用義歯を活用していくわけですが、咬み合わせのトレーニングをするにあたり、野球のダイァモンドを利用して説明することがあります。

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 顎の運動がどのように営まれているかというと、上顎は頭蓋骨の一部を形作る、個別では動かない部分であり、『下顎の動きこそ=顎の運動のすべて』なのです。その下顎の動きを外に取り出して目に見えるようにしてみたのが野球のダイァモンドというわけです。

 野球ではバッターが、ホームベースから左回り(時計と逆回り。)に一塁、二塁、三塁と走るのがルールですが、下顎の動きの場合はホームベースを起点として、一塁でも、三塁でも、またピッチャーの方やその間でも行くことができます。

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① 関節頭が回転し、下顎が開閉運動のみの時は、ホームベース上でジャンプしているイメージです。 
② 関節頭が左右同じだけ移動する場合は、前歯で物を噛む時で、下顎がピッチャーの方に行くイメージです。
③ 右関節頭がほゞ動かず左関節頭が移動する場合は、右側で物を噛む時で、一塁へ行くことになり、その逆なら三塁へというわけです。(大)

 *終末蝶番運動(Terminal hinge movement):下顎頭が関節窩内の最後上方位(中心位)にあるときに営まれる下顎の純粋な回転運動。矢状面で10~13°の開口量の際に認められる。

 **偏心:中心からかたよること。