たとえば、1本のクラウンを入れるとき、やみくもにそのクラウンだけを調整し装着することは、けっして賢明な方法とは言えません。

 なぜこのようなことを言うかといえば、過去にそういう治療を受けたとしか思えない、臨床例に遭遇することが一度や二度ではないからです。

 そのような場合、対合歯(咬み合う相手の歯。)がどのような状態かを確認ののち、クラウンを入れることが臨床上重要です。治療を進めるに当たっては、プロビジョナル レストレーション*の応用が鍵になります。

 実際問題として、対合歯が今までどのような歯(それはクラウンを入れようとしている歯の前の姿。)と噛み合っていたのかによって、その咬耗の程度は多種多様であり、形態はさまざまな様相を呈しています。

 特にエナメル質が薄く切り立ったような形(通常、鋭縁部と呼ぶ。)になっているような場合、 そのままクラウンだけを調整して装着すると、問題を生じます。

 つまり対合歯の鋭縁部に合せて入れようとすれば、クラウンは陥凹し、偏心**運動時の咬頭干渉***を産みます。そしてもしその鋭縁部が欠ければ咬合接触を失うことにもなります。

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 以上のような場合、 患者さんによく説明して理解を求め、対合歯をエナメル質の範囲内で形態修正する必要があります。それを、プロビジョナル レストレーションの段階で済ませて置くことは、臨床上かなり重要で価値のあることです。

   而して最終的にクラウンを作製、調整、装着します。このような手順を踏んだ治療こそ、安定した咬合を得ることにつながり、さらには歯の健康に結びついていくのです。

 以上のような考え方は、U.S.C.のK先生に30年以上前に学んだことのうちの一つでした。(大) 

*プロビジョナル レストレーション(Provisional restoration):直訳では、暫定的な修復物。単なる仮歯ではなく、修復治療を成功に導く為に、あらゆる必要な情報を収集し、活かして、最終的には材質以外、最終修復物と同等の形態、機能を有するように仕上げていく、レジン(合成樹脂)製修復物。

**偏心:中心からかたよること。

***咬頭干渉:顎(下顎骨)が開閉以外の、さまざまな方向に動いたときに、その歯だけが干渉すること。顎口腔系に甚大な損傷を与える恐れがある。