私は開業してから約10年間、おこがましくも、歯科界を変えてやろうなどという大それた野望を持っていました。なぜなら晴れて歯科医師になった私が見た、世の中で行われている歯科医療の実態が、大学で学んだ本来あるべき姿からはあまりにも程遠いものだったからです。

 その希望に燃えた若き歯科医師の失望がはたして私だけの出来事だったのでしょうか。そこで私は歯科医師に対する患者さんの信頼を回復し、大学で学んだことをいしずえに日々臨床経験を重ねつつ、真に患者さんに貢献できる水準の高い歯科医療が当り前のように行われる世の中へ変革したいと思ったのです。

 大学は学生の教育機関という最優先の任務があり、かつ最高水準の研究機関でもあるわけです。それに対し臨床医は、多くの患者さんと関わりを持ち症例数を重ね、経験と試行錯誤と軌道修正によって治療水準を高めていくべきであると思っています。

 当時まだ若く向こう見ずだった私は、野望達成の為にはとことん勉強してやろうと、学生時代不真面目だったにもかかわらず、卒業後最初の5年程は土日を利用してあらゆる講習会を受講しました。次の5年間はこれはと思う勉強会に所属し研鑽しました。

 それをよりどころに、患者さんに立ち向かったのです。しかしいくら実践しようとしても、患者さんの治療意識は向上せず、心からの信頼関係が得られることは、皆無ではないまでも少なく、私の理想からはほど遠いものでした。

 時が経過し、私は以下のような結論を出すに至りました。患者さんに信頼されるようになる。それを実現する為の出発点に立つには、歯科界に属する人間として、なぜ<歯医者=ろくでもない、信用できない>と、世の中で思われることになったのかをまず謙虚に受け止めようと思ったのです。

 そして次にすべきことは、毎日の臨床で、信頼を失うことになった原因をひとつずつ解消し、患者さんからの信頼をひとりずつ獲得することを、地道に積み上げていくことではないだろうかと思うようになりました。このような考えに落ち着くまでに、私は時間をかけ過ぎたような気がします。

 ひとりの歯科医師ができることは微々たることでしかない。……がこのように考える歯科医師がひとりでも増えていけば、いつの日か歯科界の究極の目的である、患者さんの歯の健康に必ずや寄与することになる筈だと、自らに言い聞かせる毎日が続いています。(大)